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 寺子屋

 
日本は江戸時代(1603年〜1867年)武士が国を支配し、政治の中心は江戸(現在の東京)でした。

鎖国をしていましたが、中国、オランダとの貿易が九州の長崎で許されていました。250年余り続い

たこの時代は日本独自の文化が発展しました。この時代、教育において独自のシステムが生まれま

した。武士には公の教育機関があり、庶民には寺子屋という民間の教育の場がありました。始まりは

よくわかっていませんが、大阪や江戸の大都市に始まり農村や漁村など全国に広がっていきました。

 寺子屋の勉強は、読み、書き、そろばんが基本でした。手紙の書き方、年中行事、日常生活に必要

な知識、道徳、歴史、地理、などを学びました。難しい漢文なども意味がわからないままみんなで暗誦

していました。学費は200〜300文(今の4000円から5000円くらい)でした。お金が払えない子供は野菜

や魚などを持っていきました。先生には武士、僧侶、町人などいろいろな人がいました。また、女性の

先生もいました。

江戸時代の日本人の識字率は世界最高水準に達していたと言われています。江戸時代の終わりに

は、武士はほぼ100%、庶民でも男子の49〜54%、女子の19〜21%が読み書きができたそうです。識字率

の高さは町のいろいろなところで見ることができます。国からの法令なども町の中に高札と言って木の

札が立てられ、民衆にも読めるようにかな交じり文で書かれていました。


街の商店の看板も絵だけでなく文字が書かれているものも多かったです。


「す」と書いてあるのは酢を売る店、その隣の看板は「の」と「り」の字が見えます。これは

「海苔」を売る店です。「大徳寺油薬」のような漢字の看板もありました。

江戸時代には今の新聞のようなものが売られていました。庶民が自然災害や事件などを知ることがで

きる情報源で瓦版といわれていました。瓦版屋が紙に印刷して4文(今の66円)ぐらいで売っていたそ

うです。字だけでなく絵も書いてありましたが、字を読める人がたくさんいたからこそ瓦版が売れてい

たのだと言えます。



長い鎖国も終わり、日本は1868年、明治時代に入りました。外国との国交が開かれ日本の近代化が

始まり、西洋の文化技術を積極的に取り入れました。日本が

短期間に近代国家に近づいたのは江戸時代の教育が下地になっています。