ふるさとの川 「渡良瀬川(わたらせがわ)」

 

人は心の中に忘れがたい山河を持つといわれます。それは人々の心象風景(注1)として生きている山や川と言えるのかもしれません。

私の故郷は山と川のある町。豊かな水流に恵まれた織物の里、桐生です。

家の近くを流れる渡良瀬川は当時の子供たちの格好(注2)の遊び場でした。川原には上流から運ばれた大小の石がたくさんあって、私たちはその石をいろいろなものに見立てて遊びました。大きな石はテーブルに、小さな石は椅子に、木の葉はお皿に、あのままごとあそびには他愛なくも(注3)懐かしい幼い日の記憶が宿っています。

その川が氾濫したことがありました。雨台風に襲われたのです。「大変だ、土手が切れそうだ、切れないうちに避難だ」という叫び声がして、しばらくすると川岸近くの家々からタンスや荷物が我が家に運び込まれてきました。少し高台にあった家々は避難所になったのです。私の家の家業は織物業でした。工場の窓からは荒れ狂う川波がみえました。

洪水で削られた土手    内閣府防災情報のページhttp://www.bousai.go.jp/kohou/kouhoubousai/h22/03/past.html

いつも遊んでいるあの川原が大きな波にのまれています。工場はもちろん操業停止。電気も止まっていました。夜になると家中にろうそくがともり人々が右往左往していました。雨はなかなか収まりません。ロウソクの明かりは影を演出して、ちょっと動いただけの人影をお化けのようにも見せるのでした。幼かった私は恐ろしさに身をすくめて(注4)不気味にゆれ動く天井を見つめていました。

戦後間もなくの1947年9月、カスリーン台風と呼ばれるその雨台風は、渡良瀬川源流から下流までをも脅かし流域に住む人たちの命を奪い去りました。行方不明を合わせると2000人近い人々が犠牲になりました。

その後、時の(注5)政府は頑丈な堤防を造成し、我が家の窓から見えた川の流れも見えなくなってしまいました。高くなってしまった土手はもう子供たちを呼んではくれませんでした。洪水の後、大人たちからは「水が毒だから川では遊ばないように」言われました。「渡良瀬川には生き物が住めない、だから水浴びはしないほうがいい」とはその土地の人々の長い間の申し送りでした。公害がなんたるか(注6)も知らなかった頃の話です。ほんとうに、その川には昔から魚がいなかったそうです。

渡良瀬川は関東平野を流れる大河、利根川の支流で、銅の生産地として有名な栃木県足尾銅山の近くにその源流を発しています。採掘は江戸時代から行われていましたが、19世紀末になっていよいよ盛んになり、やがて鉱毒の被害がではじめました。上流の足尾近郊では酸性雨で山の木々が枯れ、はげ山が目立つようになりました。雨は山の土砂を川へ流し、川の流れは堆積された土砂を徐々に下流へと運んだのです。運ばれた鉱毒は、魚を絶えさせ、やがて水中の命あるものすべてが失われてしまいました。

19世紀末に、我が国で初めての公害と認定された足尾銅山鉱毒事件が発生した川、それが渡良瀬川だったのです。後年になって土にも影響がでていたことが判明しました。米にカドミュウム含有が認められたのです。カスリーン台風の後、被害状況とともに足尾鉱毒事件を話題にして、あの事件のせいで山の木々が枯れ、大洪水が起きたのだ、と世間の人々が思うようになったのでしょう。こうして、川は私たちから遠ざかっていきました。

 足尾銅山鉱毒事件は近代化を急ぐ国家と銅山を経営する会社に対峙する(注7)民衆の闘争でした。この事実を初めて明治期の帝国議会に於いて告発したのが田中正造(1841年~1913年)でした。田中は鉱毒災害に苦しむ人々を救おうとその生涯を賭(と)して(注8)不屈の闘いを続けました。1970年代になって銅山は閉ざされ、公害も徐々に減っていきました。カスリーン台風のあと、川は二度と洪水を起こしていません。

人々の鉱毒撲滅運動は時代を超えて受け継がれ、川は自浄作用によっても徐々にきれいになりました。そうして、ふるさとの川、渡良瀬川はよみがえったのです。

郷里を後にして半世紀以上の年月が流れました。川に向かう道を右折して見慣れた橋を渡ると、幼いころのしあわせな思い出や、幼友達の顔が浮かびます。広くなった川原ではボール遊びをしむ親子連れの姿も見られます。アユの季節に里帰りすると、多くの太公望(注9)たちがアユ釣りに興じています。渡良瀬川は知る人ぞ知るアユ放流の宝庫になっていたのです。時に激しく憤った川はやっと平安の時を迎えているのでしょうか。

遠い記憶に残るあの洪水の日の川は、今、命育む清流として再び私たちを受け入れてくれています。

 

 

 

(注1)見たり聞いたりしたことが基になってある、風景として心の中に現れてくるもの。

(注2)もとは恰好 ちょうどいい ぴったりの

(注3)たわいない とるに足りない 無邪気な

(注4)縮める

(注5)当時の

(注6)何であるか

(注7)にらみ合ったまま動かないで対立する

(注8)全力を傾ける

(注9)周の文王を助けて中国を統一した呂尚のこと、文王に呼ばれる前はよく釣りを

していたことから釣り好きの人